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成宮寛貴のハードすぎる生い立ちをまとめてみた!

芸能界入りする前は新宿二丁目で働いていたという成宮寛貴は、かなり壮絶な生い立ちだったことが判明しました!

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ゲイ疑惑やバイ疑惑もある成宮ですが、実は大変な苦労をしてここまで生きていたようです。そんな成宮のハードな生い立ちをまとめてみました。
成宮は1982年9月14日に東京都で生まれました。しかし幼少期に両親が離婚し母子家庭で育ちますが、母親も成宮が中学生の時に病気で亡くなってしまいます。

成宮寛貴 生い立ち 画像2

その後は祖母と弟の3人暮らしが始まりますが、経済的には非常に厳しい状況だったようです。成宮は高校進学を断念し、家計を助けるためにしばらくは土木関係の仕事に就いていたようですね。しかし同級生達が高校生活を謳歌しているのを見て、自分自身の生活に嫌気がさしてしまい祖母のもとから家出をしてしまったといいます。
お金もなく困り果てた成宮は、新聞広告に出ていたゲイバーの求人に飛びつきます。夜の仕事、それも特殊な世界ですから手っ取り早くお金を稼ぐためには仕方のないことだったのでしょうね。

 

新宿二丁目で働きながら弟を育て大学院まで行かせた!

しかし成宮が飛び込んだゲイバーは「売り専バー」と呼ばれる、いわばゲイの風俗店ともされる店だったのだとか。成宮がゲイ、バイだと言われる所以はここにあるようです。あの端正なルックスですからあっという間に人気が出て何人ものパトロンがいたといいます。
お金を稼げるようになった成宮は弟を引き取り、生活全ての面倒を見るようになったのだそう。自身は高校へ進学することは出来なかったけれど、弟にはそんな思いをさせたくなかったのでしょうね。
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その後、芸能界デビューを果たし、数々のドラマや映画に出演するようになります。「ごくせん」に出ていた時も6畳一間のアパートで弟と暮らしていたのだとか。結局、弟は大学院まで進学させたようです。
国立や私立の違い、また学部によってはかなり費用は異なりますが、大学から大学院卒業までは1千万円以上かかることもザラです。若い成宮には大変なことだったと想像できますよね。手段はどうあれ、弟のために必死で頑張ってきたことは事実ですし、なかなか真似できることではありません。
様々な苦労をして弟の親代わりまでした成宮ですが、今後は自分の幸せのために頑張って欲しいものです。

 


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